2001-06-01

少し前から、「今日って何かの日だっけ」とぼんやり考えながら、ぼんやりと3日が過ぎて忘れかけた今日はたと気が付いた。




12年前の6月1日に当時の国王一家が亡くなる事件があったのだ。


のん気な第一報は、土曜の朝遅くの「昨日の夜王宮辺りで喧嘩があったらしいよ」だった。
正確には、私がそう理解した、のであって、今になって思えばみんな情報収集に躍起になっていたから、「王宮の近辺」でなく、「王宮内」を意味していたのだろう。休みをいいことに、そんなケンカごときの噂でなんだなんだと騒ぐネパール人野次馬ぶりに呆れたのだが、この「王宮」を日本の相当する言葉に置き換えてみれば、確かに事の真相を知りたいと思うのは道理だっただろうとも思う。

が、しばらくして、ネットがまださほど普及していなかったため他国より12時間遅れて自分の国のニュースを知った彼らが私に教えてくれたのは、

「皇太子が国王を殺したんだって」

だった。
ネパール語がさほど堪能ではなかった当時、殺すなどという物騒な単語を使うのは「蚊」ぐらいのもので、思わぬ主語と目的語と述語のつながりが意味するものを理解するのに、何度もその単語を反芻したのを今でもはっきりと思い出せる。「今は21世紀だよね。中世や戦国時代じゃあるまいし・・・」と、にわかに信じられない現実を自分の中でどう咀嚼していいのかわからず、窓の外の薄曇りの空と、それとは対照的な新緑の若葉を呆然と眺めていた。



街に出てみたのは昼過ぎだったろうか。
皆が事件を知ったらしく、次々と店がシャッターを下ろしていた。それでも人々は騒然としていて、まだ判っていない事件の真相を知ろうとし、また国王の死を嘆き悲しんでいた。



ピンとこなかった。
国内のニュースは当てにならないし、ネットで見る国外のニュースもさっぱり要領が得ないことしか書かれていない。何より国王とその家族は全員殺されたらしい、しかも王宮で、という事実は、日本ではおよそ起こり得ないことだったから、CNNを見てもBBCに言われても、本当にそんなことが起こったということをやっぱりまだ納得しきれていなかったのだ。

目立たぬ2階にあったのでネットのニュースを見るためにこっそり開けていた友達のオフィスを出ると夕方だった。まだ明るかったのに、人が歩いていても店は閉まっていると、やはり普通でないので落ち着かない気分になった。気が付けば、道行く人に坊主頭の男の人がかなり見られた。国の父親である国王が亡くなったので喪に服す為に髪を剃ったのだ。

今はいっぱしの政治家を名乗って国を動かしている人々が当時はテロリストと呼ばれていた頃で、国内情勢はお世辞にも良くはなかった。カトマンズで危険な思いをすることはなかったが、地方では内戦状態と言われていたのを否定できない時代だったから、ますますこの国はどこへ向かっていくのか先が見えないなあ、と嘆息しながらぽつぽつ歩いた。


すると、一人だけおばあちゃんが道端でビニールシートとざるを広げて野菜を売っているのが目に入った。多分いつもと同じ場所に同じように来たのだろう。

ああ、そうだった。
男の友人は皆、誰がやったのやらないの、その裏には誰がいるに違いないとか、自分のお父さんが亡くなったのと同じだ、とか今日は喪に服すからご飯は食べない、なんて話しかしていなかった。確かに国の一大事どころではない。でも、悲しくったってご飯は食べなきゃいけないし、家族を食べさせなきゃいけない。きれいごとじゃないんだ、人間は生きていくんだ。

おばあちゃんは強いな、そして真理だな、と思った。



あれから12年経っても、やっぱりネパールの人の強さを見ることが何度もある。
[PR]
by noz-tr | 2013-06-04 23:17
<< 休日の徒然 買い物三昧~ >>