ネパールの人生

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もう前のこと。
ファーストネームしか知らない日本人の友達が「話があるの」と言ってきた。
遠回しな長い話の結論は「付き合い始めて間もないネパール人のボーイフレンドを日本へ連れて行きたい」だった。









この相談はよくされる話なのだが、その彼女の発言としてはかなり意外で、私としては珍しくやはり遠回しながらも彼女を止めようとした。もう少し待て、とも言った。しかし、その言葉はあまり耳に入っていないのは明らかだった。

数か月滞在するつもりでいたツーリストの彼女はその後すぐ帰国すると、すばらしい行動力で手続きを済ませ、ボーイフレンドが配偶者のビザを持って日本へ旅立っていたのは3カ月ほど後のことだった。





そして、1年後にその結婚は破たんしたと人づてに聞いた。


それは、本当にひどい終わり方で、本人以上にその家族と周りを傷つけ、悲しませたのは間違いなかった。結婚は本人だけのものじゃない、と当たり前のことを今更ながら痛感した。



また、日本とネパールの優劣を感じた。
日本のテキパキとした女性が必要な法手続きをしてくれたからこそ、ネパール人であるボーイフレンドは日本の土を踏めたのだ。ただ日本へ行きたい、という希望だけでは日本の国は入れてくれないのである。

そして、あくまで結果だが、そんな日本の国で二人とその周りの人生は壊れてしまった。



先進国がどんどんネパールへ援助をしているように、個人レベルでも先進国の主導があるのだ。
それで幸福がもたらされる場合もあるし、そうでないこともある。
リスクを踏まえた上で挑戦するのは本人なのだが、やはり先進国が持つ力の方が大きいことが多い。


私たちがネパールの人々に与えるインパクトは、私たちの想像以上に大きいのだ。その人の人生を大きく変えてしまえるくらい。外国人ツーリストに会う機会の多い私は、それが危険なことだと知っている人がどれだけいるのか、とときどき思うことがある。
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by noz-tr | 2010-03-31 18:56
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